土専文庫とは

沿革資料室




土木専門部のあらまし

北海道帝国大学附属土木専門部は室蘭工業大学の前身の一つで,北海道の開発に従事する土木技術者の養成を 目的として1887(明治20)年3月,札幌農学校に工学科として設置されたことがその始まりです。 1929(昭和4)年の土木専門部校舎

札幌農学校工学科の教育は,1872(明治5)年に開校した開拓使仮学校として始まり1876(明治9)年に 札幌に開校した札幌農学校にその原点を求めることができます。このため,実践を重んじ,実務と学理の融合を 目指した札幌農学校の伝統を継ぐものとして,自他共に認められていた附属土木専門部は,北海道の開発事業に 従事する技術者養成の伝統を受け継ぐ北海道内で伝統ある工科系専門教育機関として位置づけられていました。

卒業生は北海道庁,樺太庁,鉄道省北海道建設事務所など北海道の開発事業に強くかかわりある機関で活躍する という地域性の強い点もまた特徴的なもので,地域に根差した研究と教育を目指す,地方の時代の大学の先駆けとでも言えましょう。






教授達と土専文庫の貴重書

札幌農学校,土木専門部の教育は,個性豊かな優れた教授陣によって支えられていました。教授達によって執筆された 教科書の一部なども収蔵されています。

廣井 勇

清きエンジニアと内村鑑三に称された廣井勇博士は札幌農学校の二期生。明治から昭和初期における橋梁工学と港湾工学の 世界的権威でした。札幌農学校を卒業後,開拓史で鉄道建設などに従事した後,私費で単身アメリカに渡り,製図工からスタート。 後に橋梁技術者として大成し,帰国後札幌農学校工学科教授としてその充実に貢献しました。その後,初代小樽築港事務所長 を歴任,東京帝国大学で教授を務めました。学理と実際の融合を目指した生き様はいまの私たち,特に工学技術を志したものに とって大変貴重な示唆を与えてくれるものです。

○Plate-Girder Construction, HIROI Isami, D.Van Nostrand 1893

この本の初版は,廣井博士が滞米中の20代後半に,プレートガ-ダー橋の設計参考書として執筆したもので,豊富な実例が多い 点が特徴です。また,現場の実務者が使いやすいようにポケットサイズである点も特徴です。D.VanNostrandは工学書で世界的に 著名な出版社です。

○Statically in Determinate Stress, HIROI Isami, D.Van Nostrand,1905

東京帝国大学教授時代の橋梁工学の講義ノートをまとめたもので,ニューヨークで出版されました。実務と理論の橋渡しを した教科書としてアメリカの土木界で高く評価されました。

坂岡 末太郎

大正時代の日本における鉄道工学の大家として知られる坂岡末太郎博士は,札幌農学校卒業後鉄道建設の実務に携わり, その後土木専門部の前身の東北帝国大学農科大学土木工学科の教授として学生の教育に当たりました。土木工学科が 附属土木専門部に移行後は,初代土木専門部主事を務めるなど土木専門部の充実,発展に貢献しましたが,惜しくも 大正12年に亡くなりました。坂岡博士は廣井博士に師事し,その著作は実務に基盤をおき,実務と理論の融合を指向した 札幌農学校以来の伝統を引き継ぐもので,土木専門部の教育方針そのものでした。

○実用理論測量学講義 前巻・後巻 坂岡末太郎 裳華房 1903

坂岡博士の著作は,実務に基盤をおき実務と理論の融合を指向したものです。この書の前書きでは恩師である廣井博士へ献呈が 述べられており,土木専門部の伝統が実務と学理を融合する札幌農学校以来のものであることが伺えます。

○最新鉄道工学論議 第一巻~第八巻 坂岡末太郎 裳華房 1913~1914

実務をもとにした講義ノートをまとめた教科書。第一巻から第八巻まであります。鉄道工学全般について体系的にまとめられた 日本で初めての著作集として評価されています。実務に基づいたうえで学理を展開する坂岡博士の技術観,教育観が よくあらわれており,土木専門部の教育方針が伺える好著でもあります。

開拓史と土専文庫の貴重書

明治初期の北海道は,開拓史によって近代的な開発が進められました。土専文庫には,技術導入に参考とされた, 開拓史の蔵書印が捺された洋書が多数収蔵されています。

○The American Railway, Cooley, Thomas M.,U.S.A.Scribner 1889

本文中に200以上のイラストを配するなど,わかりやすさを基本にした鉄道全般にわたるテキストです。この一冊で アメリカにおける鉄道の建設,開発,管理や運用などがわかるように工夫がなされています。鉄道員の一日などという 章も設けられており,技術書というよりは鉄道経営入門書です。鉄道は単に技術だけではなく総合的な視点の必要性を述べています。

○Long and short span Railway Bridges
Roebling,John A. U.S.A.D.Van Nostrand 1870

世界初の鉄道吊橋(ナイアガラ鉄道道路併用吊橋)を設計した技術者であるローブリングを追悼する記念本。 当時のアメリカの技術水準が読み取れます。D.Van Nostrandは工学書の著名な出版社です。



○American and European Railway Practice,Holley,Alexander L. U.S.A.,SampsonLow,. 1867

鉄道をより経済的に運行するための解説書。実際の運転や線路敷設について図入りで解説されています。 開拓史の物産の蔵書印が捺されており,開拓史が鉄道を現実なものとして強い関心を持っていたことが伺えます。

○Military Bridges, Haupt, Hermann, U.S.A.,D.Van Nostrand,1864
○Military Engineering, Part 1. Mahan, D.H.,U.S.A.,Wiley 1881

初期の北海道の開発では社会基盤の速成のために,アメリカのミリタリーエンジニアリングに期待するところも大きかったと 思われます。軍用橋梁やその架設,その他ミリタリーエンジニアリング全般を解説する珍しい蔵書もあります。

北海道開発と土専文庫の貴重書

北海道の開発がどのように行われてきたのか。新しい時代の北海道を考えるために大事な視点です。土専文庫には, 第二次世界大戦前の北海道の開発方針やその実際を記録する公式な報告書類が多数蔵書されています。

○REPORTS ON THE HOKKAIDO HARBOURS, C.S.MAIKE Japan, 1887

北海道庁のお雇い外国人C.S.メイクによる北海道内の港湾建設適地の調査と港湾建設計画の報告書。 1887(明治20)年に時の北海道庁長官岩村通俊に提出され,以後の港湾建設の参考となりました。

○REPORTS ON THE HOKKAIDO HARBOURS VOL:Ⅱ., C.S.MAIKE Japan, 1888

メイクによる2番目の報告書。永山武四郎長官に提出されました。本書では石炭積み出し港としての室蘭港の価値も 報告されています。

○雨龍線第三雨龍川構桁架設工事概要 昭和六年七月  鉄道省北海道建設事務所, 1932

北海道の鉄道建設では,土木専門部出身者が現場で活躍しました。その工事報告書は数多く刊行されており,当時の設計思想や 技術水準を知る貴重な資料となっている。土専文庫にはこのほかに,「音更線混凝土拱橋工事概要 昭和十二年七月」, 「遠別線手塩川橋梁架設工事概要 昭和十年六月」など合計6冊の鉄道の工事報告書が蔵書されています。

雨龍線(旧深名線)第三雨龍川構桁架設工事概要では,橋梁の架設中に不慮の事故で殉職した土専卒業生の渡部義雄氏の 追悼記事を掲載し,哀悼の念を捧げています。土専卒業生は北海道開発の最前線で活躍していたことが偲ばれます。

また,他にも北海道庁による「函館港改良工事報文 北海道庁函館支庁(1899)」「函館築港工事報文(1919)」 「小樽築港工事報文 前編(1908)」「小樽築港工事報文 後編(1924)」「網走港修築工事誌(1936)」などの 貴重な報告書も蔵書されています。

Rankineの教科書と土専文庫の貴重書

1820年にスコットランドに生まれたWilliam J.M.Rankine(ランキン)は,エジンバラ大学卒業後,測量,港湾,鉄道などの 土木事業に従事した後,グラスゴー大学の土木工学教授に就任し,彼の講義に関連した多数の教科書を書きました。 まだ適当な教科書の無い時代でもあり,ランキンの著作は後進の教育におおいに貢献したものです。土専文庫にも開拓史, 札幌農学校時代に購入されたランキンのManual(教科書)が蔵書されています。

○A Manual of the Steam Engine and Other Prime Movers(Fifth Edition), William J.M.Rankine, U.K., Griffin,1870

ランキンによる熱力学の古典的名著です。ランキンは,また蒸気機関の技術を科学にまで高めた最大の功労者でもあり, 「エネルギー」という言葉は彼によるものとされています。本著の和訳は「蒸気機関およびその他の原動機の便覧」ですが, なかでも「熱力学」の章はランキンーサイクルと呼ばれる循環過程を唱え,そのことは蒸気機関を理論的に研究する方針に 結びつき,蒸気機関の進歩をもたらしたとして技術史上貴重なものとなっています。

○A MANUAL OF CIVIL ENGINEERING (EIGHT EDITION, REVISED)
William J.M.Rankine , U.K., Griffin,1872

ランキンによる土木工学の古典的名著。ランキンの研究成果がまとめられたものです。我が国では「土木工学必携」と 訳されてきました。測量から構造力学,海洋工学まで土木工学全般を網羅しています。特に,土木工学分野における ランキンの最大の功績といわれている擁壁の設計法(緩い土の安定について,ランキンの土圧論)の解説もここに 見ることができます。

○A Manual of Applied Mechanics(First Edition) William J.M.Rankine , U.K.,Griffin,1869

ランキンの材料力学と構造力学研究の成果がまとめられている教科書の初版です。イギリスにおいて応力とひずみを厳密に 定義した最初の文献といわれています。「応用力学必携」とも訳されています。

○Manual of Machinery and Millwork, William J.M.Rankine,U.K.,Griffin, 1869

機械力学,機械機構,機械加工などをまとめた教科書です。

○Useful Rules and Tables Related to Mensuration, Engineering, Structures,And Machines.
William J.M.Rankine, U.K.,Griffin,1872

ランキンによる公式集。ランキンはその各々の著書において,応用力学・熱機関学・土木工学・造船学などの各分野の 論文を収録し,自己の研究と見解を加えて体系化しました。まだ適当な教科書のない時代でもあり,ランキンの著作は 後進の教育におおいに貢献しました。

我が国技術導入期の洋書が多い土専文庫

札幌農学校からの伝統と系譜を持つ附属土木専門部。蔵書には我が国西洋近代技術導入期に購入された洋書が多数収蔵されています。

図は,土木専門部文庫に収蔵された書籍の発行年とその数です。この図から明治から大正にかけては洋書が多く, 昭和以降,和書が多くなることがわかります。

表は十進分類によって分類した冊数とその割合です。技術,工学に分類される洋書は洋書全体のおよそ90%, 和書は和書全体のおよそ80%です。このうち建築工学,土木工学に分類される洋書は洋書全体の約55%, 和書は和書全体の約50%と,社会資本整備に関する図書の多さが分かると思います。